〜 7月便り 〜

 台風に地震 ― 散々な海の日三連休。日本国内どこにいても逃げ場は無い、という感じですね。皆様無事に元気に過ごされてますでしょうか。私は妹が新潟に嫁いでいるので、地震の後二日間連絡が取れず、ちょっと心配しました。
 
 この連休最終日、主人は出張でした。あるお酒屋さんの所へ行っていたのですが、その晩めずらしく、そこでのことを色々と話してくれました。主人は口ベタです。普段、腹が立つほど何も説明してくれません。そのくせ本人は言ったつもりでいたりすることが多く、日頃の夫婦ゲンカの原因はほとんどこれ。ともかく、そんな主人がそれだけ語ってくれたのですから、この出会いは本当に良い刺激であったのでしょう。

 その時見せてもらった、そこの店主さんお手製の新聞 ― 。世に手書きの新聞や広告というものは数多くありますが、そのほとんどは素朴さの中にどうしても、商売気という下心が見え隠れしてしまうものです。けれどこの新聞は、私に違うものを感じさせてくれました。それは「お酒の楽しさ」というごくシンプルなもの。「飲む楽しさ」(も、もちろんあるのですが)と言うより「お酒を囲む楽しさ」ですね。

 私はお酒が大好きでした。決して強い方ではありません(しかも今は年取って(?)めっきり弱くなってしまいました。)が、お酒を囲んで酒談義に花を咲かすのが好きでした。酒を語る先輩や師匠の顔を見るのが好きでした。どの人も、一部のマニアのように凝り固まったこだわりを押し付けたりすることなどなく、思い思いに自分の酒への愛情を聞かせて下さいました。今の私のお酒に対する特別な感情は、この頃に確立したのだと思います。この新聞は、子育てに追われて思うように仕事が出来ず悶々としていた私に、その頃のそんな「お酒を囲む楽しさ」を思い出させてくれました。

 中でも「そうそう!」と思わず頷いてしまうのが、『日本酒はウェットな酒である』というお話。「日本酒はハレの場でこそ使われる、おめでたい縁起のいいお酒であるべき」とおっしゃる方もいらっしゃいます。だけど私は思う。人間ハレの場ばかりじゃない。ただただそのお酒にそばにいてほしい、そんな時もある、と。ゆっくりゆったり、酒と共に時の流れに心を添わす。酒に身をまかすのではなく、「添わす」のです。もう一つ、『旨い酒を飲んでいる時すごくうれしくなる。お酒と私の秘密の関係がそこに生まれたのだと思う。誰にも伝える必要のない、伝えると壊れてしまうかもしれない秘密の関係がそこにある。』そして、『飲む人と酒の関係は秘密の仲だからじゃましないように』とも。いやあ、名文ですねえ。なかなか機会がありませんが、地元はもちろん、日本全国色々なお酒屋さんのお話、是非聞かせて頂きたいと強く思う今日この頃です。

7月19日(木) TOMO 記



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